今日は。今回からテーマを設けてみました。やはり、記念すべき初めのテーマは、「大仏」です。
大仏とは、「大きい仏」のことです。別に、「昔々大仏という者がおって…。」と、いうわけではありません。でかければ大仏なのです。
大仏といえば、まず思い浮かぶのは、もちろん岐阜大仏です。ここで東大寺の大仏なんていうのは邪道です。今すぐ考えを改めて下さい。大仏、岐阜にあり、です。
なんといっても、この大仏が安置されている正法寺というお寺は、岐阜市大仏町という町にあります。素晴らしい。もう言うことありません。一応、日本一の乾漆大仏という肩書きだってあります。乾漆像というのは、この大仏の地元の通称にも使われているように「はりぼての大仏」ということです。あまり良い表現ではありませんけどね。
次にでてくるのが、奈良東大寺、鎌倉高徳院の大仏です。修学旅行で訪れた人も多いのではないでしょうか。東大寺の大仏は高さ15メートルで、岐阜大仏(13.7メートル)とさほど変わりはありませんが、世界最大の木造建築の大仏殿に安置されて、広々とずっしりとかまえている様で妙な圧倒感と存在感があります。
美術価値が高いと評されている鎌倉の大仏は、高徳院の本尊です。緑を背負い鎮座するその姿は与謝野晶子も歌に詠んだほどの美しさです。
「かまくらや みほとけなれど 釈迦牟尼は 美男におわす 夏木立かな」
美男というより、私はもっとたくましさを感じました。あっ、今思いついたのですが、大仏界の高倉健という表現がぴったりな気がします。
そして、ギネスブックにものってしまった「牛久大仏」というのもあります。高さはなんと120メートル。奈良の大仏も手のひらに乗ってしまいます。この大仏は東京にある霊園の広告というか、まさに宣伝塔として造立されたそうです。地上85メートルまではエレベーターでいけるらしいです。まあ、これはちょっと例外でしたね。
しかし大仏というものは、昔々から仏というものを人々に知らせるのに最適であったものだと思います。どんな人でも目に付くでしょう。あの大きすぎる体は人間と仏の違いを見せつけています。中国敦煌にある莫高窟の弥勒大仏は、大きいのはもちろん、右手の指の関節が四つもあります。これはまさに仏というものは人間を超越しているということを、解りやすく表していると思います。仏は人間界には生きていません。私たちがどんなに近づきたくても、彼らは涼しい顔をしてこちらを見ているだけです。仏は私たちの「憧れ」にすぎません。大仏というのは、その「憧れ」の世界の入り口のようなものですね。大仏自身もけっこうまわりとか囲まれてキャーキャー言われたがってるかもしれません。